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福岡地方裁判所 昭和48年(ワ)680号 判決 1976年2月26日

原告

樋口嘉克

原告

安岡由美子

右原告両名訴訟代理人

佐藤安哉

被告

福岡市

右代表者市長

進藤一馬

右訴訟代理人

内田松太

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一、原告らの請求の趣旨

1  被告は原告樋口嘉克に対し金八二五万四四二二円、原告安岡由美子に対し金六九三万五〇五五円及びこれらに対する昭和四六年一月一日から各支払済までそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する被告の答弁

主文と同旨

第二  当事者双方の主張

一、原告らの請求原因

1  本件事故の発生

訴外亡樋口一郎(以下、亡一郎という)は昭和四五年一二月三〇日午後四時三〇分頃福岡市博多区那珂一一一九番地所在の那珂本町児童広場(以下、本件児童広場という)で遊んでいた際、本件児童広場とこれに隣接する那珂八幡宮との境界付近に設置されていた棒杭の上から落ちて腹部を棒杭で強打し、翌日である同月三一日午前七時四〇分肝臓破裂によつて死亡した。亡一郎は死亡当時七才であつた。

2  被告の責任

(一) 本件児童広場と被告との関係

本件児童広場(面積674.38平方メートル)は昭和四五年二月二日子供達の遊び場として利用される目的で、地域住民団体の申請を受けた福岡市教育委員会(以下、市教育委員会という)によつて児童広場の設置の可否、施設の規模について検討がなされたうえ設置承認されたものである。次に本件児童広場の管理運営は市教育委員会作成の児童広場設置要領(以下、設置要領という)に従い地域住民で組織する那珂本町児童広場管理運営委員会(以下、本件管理団体という)によつてなされていたが、市教育委員会は本件管理団体に対し本件児童広場内の危険物の除去等の勧告若しくは警告を行い、被告は地方自治法第二三二条の二及び設置要領によつて遊具等の諸施設を設置し、その管理運営費の一部を補助していた。

このように本件児童広場はその設置が市教育委員会の承認にかかり、さらに被告が遊具等の諸施設を設置し広場の管理運営費用の一部を補助するほか、事実上市教育委員会が本件管理団体に対し指導監督をするのであるから、本件児童広場は被告によつて公の目的に供用されている国家賠償法第二条にいう公の営造物というべきである。

(二) 本件児童広場の設置又は管理の瑕疵

本件児童広場は三才以上の幼児から小学校低学年児を対象とした施設であり、設置要領にも本件児童広場のように敷地面積が三〇〇平方メートル以上もあるものについては標識、砂場及び遊具二種類の他に外柵を設置するよう定められていたにもかかわらず、市教育委員会は本件児童広場設置後一〇か月以上も経過した本件事故当時も安全確保のための外柵を設置していなかつた。

もつとも本件事故は、本件児童広場に隣接する那珂八幡宮(以下、八幡宮という)が本件児童広場に遊びに来る子供達が八幡宮の中にまで立ち入つて遊ぶことによつて境内の土砂が流出するのを防止するために本件児童広場との境界付近の八幡宮境内に設置した棒杭によつて発生したものではあるが、市教育委員会が本件児童広場に外柵を設けていれば本件事故は未然に防止し得たものであるから、被告の本件児童広場の設置又は管理の瑕疵によつて本件事故が発生したというべきである。なお少なくとも八幡宮が昭和四五年四月頃に前記棒杭を設置した後にあつては好奇心や冒険心の強い子供達が本件広場と八幡宮との境界を識別できずに八幡宮境内に設けられた棒杭を本件児童広場に付属する遊具として利用することは十分予想されたはずにもかかわらず、市教育委員会は棒杭設置後八か月以上も経過した本件事故当時まで外柵等の安全措置を講ずることなく、そのために本件児童広場は危険な状態にあつたわけであるから、被告の本件児童広場の設置又は管理に瑕疵があつたために本件事故が生じたというべきである。

3  原告らの損害<以下中略>

二、請求原因に対する認否

1  請求原因第1項記載の事実は認める。

2(一)  同第2項(一)記載の事実について。

本件児童広場は那珂本町町内会(以下、町内会という)が設置し本件管理団体が管理しているものであつて、被告はその設置に際して遊具類を備えてこれを町内会に無償で貸与すると共に管理運営費用の一部を補助して側面から経済的援助をしているだけである。すなわち被告は助長行政の形態をとつて対処しているだけのことであり、本件児童広場は被告が直接に公の用に供する目的で設置又は管理しているものではなく国家賠償法第二条にいう公の営造物には該当しない。この点についてなお詳述すれば、本件児童広場の敷地は町内会がその所有者の大木義美から無償で借受けたもので被告はこれについて何らの支配権も有しないから、本件児童広場を公共用物として成立させるためのいわゆる公用開始行為を被告が行なつたと解する余地はない。また地方自治法第二四四条の二第一項によれば、地方公共団体が公の施設を設置又は管理するには法令上の根拠を必要とすると定められているが、本件児童広場は単に助長行政の形態をとつているに過ぎず児童公園のような法的根拠はもちろんのこと条例の根拠もない。このような点から明らかなように本件児童広場は国家賠償法第二条にいう公の営造物には該当しない。

(二)  同第2項(二)記載の事実は、左記の被告主張に沿う部分のみ認め、その余は否認する。

被告は本件児童広場設置に際し、町内会に対する物的援助としてブランコ、砂場及び道路に面する本件児童広場西側部分の外柵を設置したが、本件児童広場と八幡宮との境界部分は平坦で全く危険な状態ではなかつたので外柵を設けなかつたものである。また八幡宮が本件児童広場設置後に本件児童広場との境界付近の八幡宮境内に棒杭を設けたことは原告ら主張のとおりであるが、それは本件児童広場で遊ぶ子供達が八幡宮境内へ進入して来るのを防止するためではなく、成長した子供達が本件児童広場の遊具にはあき足らず最初から八幡宮の境内に遊びに来て本件児童広場との境界付近の斜面を滑り場として遊ぶために設置されたものである。このことは棒杭が本件児童広場と八幡宮との境界線の全部に亘つて設けられていないことによつても明らかである。そればかりか棒杭は八幡宮側で地上三〇センチメートル、本件児童広場側で地上八〇センチメートル程度の高さであり、通常危険を生じさせるものではない。以上のように被告が本件児童広場に外柵を設けなかつたからといつて、これを以つて被告の本件児童広場の設置又は管理に瑕疵があつたということはできず、また被告が外柵を設けたとしても本件事故の発生を防止し得たとは考えられないから、外柵を設けなかつたことと本件事故との間には因果関係がない。<以下―略>

第三  証拠関係<略>

理由

一本件事故の発生については当事者間に争いがない。

二ところで原告らは、本件児童広場は国家賠償法第二条にいう公の営造物であると主張するのであるが、本件児童広場が公の営造物であるためには、右児童広場が、地方公共団体である被告により公の目的のために供用されたもの、すなわち、被告によつて開設されたものということができなければならない。そこで、本件児童広場を開設した主体について検討するに、

1  <証拠>を総合すれば、左の事実が認められる。

(一)  被告では、都市化が進む中で遊び場を失つていく市内の子供たちのために、かねて児童公園の増設や整備、市民運動場や学校校庭の開放などの対象を進めていたが、昭和四三年からは更に児童広場と称する子供の遊び場づくりを推進することとしたこと。

(二)  児童広場というのは、町内自治会や子供育成会といつた地域住民団体が土地所有者から空地を無償で借り上げたうえ市教育委員会に児童広場としての承認方を願い出て、これを承認されたところの子供の遊び場の名称であるが、被告は、遊び場に恵まれない地域の子供たちのために地域内の土地所有者に空地を遊び場として無償で提供することを奨励し、一時的にせよ、子供たちに遊び場を確保するための施策として、この児童広場の構想を市民に周知させるため児童広場設置要項なるものを作成して児童広場の趣旨、目的、承認申請の手続、効果のほか児童広場の管理運営の要領を示して児童広場の普及に努めた結果、昭和四六年六月二八日現在で市内に一〇一か所の児童広場を数えること、

(三)  ところで、地域住民団体からの申請に対し、市教育委員会が児童広場として承認すると、被告はその広場の面積に応じ別表のとおり三段階に分けて施設(児童広場であることを示す標識、外柵、砂場、遊具)の規模を決定し、これらの施設を当該広場に備え付けて当該申請団体に無償で貸与し、かつ、その広島の面積に応じ年間一万円、二万円、三万円の三段階に分けて補助金を交付するほか、空地を児童広場に提供した土地所有者からその空地に対する固定資産税の減免の申請があれば課税免除の措置をとつていること。

(四)  また、市教育委員会が児童広場としての承認を与えるのと同時に当該申請団体が中心となつて児童広場管理運営委員会が設置されるが、この管理運管委員会は児童広場の遊具等の整備、点検や補修、広場の清掃、除草や整地作業、植樹や花壇づくり作業をしたり、安全な遊びや事故防止のための巡回指導をしたり、被告や土地所有者や地域の関係者との連絡会合等の事業活動を行なつていること。

(五)  市教育委員会は児童広場としての承認をする際、当該申請団体に対し、注意事項として「申請者は善良なる管理者の注意をもつて広場の維持管理につとめてください。万一事故があつた場合でも、市は責任を負いかねますので、特に事故防止について十分配慮してください。」と付記した児童広場承認書を交付するほか児童広場の施設の竣工検査をするが、その後は特に児童広場を巡回して指導するようなことはなく、ただ管理運営委員会から求めがあれば具体的な指示、注意を与え、ときに現場にも臨んでいたこと。

(六)  本件児童広場もまた前記設置要項に従い、まず那珂本町町内会が右広場の所有者である大木義美からこれを借り上げたうえ昭和四四年一二月八日頃市教育委員会に児童広場としての承認方を申請し、これに対し、昭和四五年二月二日頃市教育委員会が右申請を承認するとともに右広場に被告においてブランコ、滑り台、標識及び広場の周囲のうち道路に面した部分に外柵を設けて右承認時に発足した本件管理団体に無償で貸与し、以後、毎年金三万円の補助金を右管理団体に交付しているところの子供の遊び場であること、なお、本件児童広場の所有者である大木義美に対しては右広場に対する固定資産税が免除されていること、

およそ以上の事実を認めることができ、他にもこれに反する証拠はない。

2 右認定の事実によれば、児童広場は、遊び場に恵まれない地域の子供たちのために遊び場を一時確保する施策として被告が考案し奨励するものであり、そのため、地域住民団体からの児童広場としての承認申請に対して市教育委員会が承認するかどうかを決定し、承認するときは右広場の管理団体に被告において遊具等の施設を無償貸与し、その維持管理費について一部補助金を交付し、また、土地提供者に課税免除の取扱いをし、なお児童広場の管理、選営に対する指導といつた行政措置がとられているから、これらの事実だけからすると、児童広場はあたかも被告が地域住民団体の協力のもとに、或いは地域住民団体と共同して開設したか、被告が自己の本来的責務を地域住民団体に肩代りさせて開設しているかのようである。

しかしながら、右認定事実に見られる被告の施策ないし行政措置が法制度的にはいかなる仕組みのもとにとられているものかを検討してみると、遊び場を地域の子供たちに提供するということは、被告が地方公共団体であることからして当然に配慮すべきことではあるにしても、このことを被告に義務づける法律又は条例上の規定は存しないのであるから、児童広場の施策をもつて被告が法令上の責務の履行として推進する施策であるということはできない。そうだとすると、被告が地域住民団体に対して遊具等の施設を無償貸与する行為及び補助金を交付する行為は地方自治法第二三二条の二の「公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる」旨の規定を根拠とする遊具等の施設の使用貸借及び補助金の贈与であり、被告が土地提供者に固定資産税免除の恩典を与える行為は地方税法第六条第一項の「公益上その他の事由に因り課税を不適当とする場合においては、課税をしないことができる」旨の規定を根拠とする課税の免除であるということになる。したがつてまた、市教育委員会が児童広場として承認の可否を決定する行為も、当該申請にかかる事項が地方公共団体である被告が寄附ないし補助をするに足る事業ないし企画であるかどうかを決する行為にほかならないし、被告が児童広場の管理、運営に対し指導、助言などの手段で介入することがあつたとしても、それは補助金交付の対象とされた事業において補助金の適正妥当な使用がなされているかどうかを調査確認する意味を持つにとどまることになる。

さらにまた、子供たちの遊び場であるという児童広場それ自体の効用からしても、このような子供たちの遊び場は地域住民が本来任意に開設できるものであつて、そこに被告の関与がなければ地域内の空地を子供たちの遊び場に供しえないといつた何らかの制約が存するわけのものではなく、被告が地方公共団体であるからということだけで、子供たちの遊び場を確保すべき責務を本来的に有しているとまでは到底いえないものである。

このように、児童広場の有する法的及び実質的性格に照らしてみると、子供たちに遊び場を確保する手段としての児童広場の構想が被告の考案になり、被告がその実現拡充に努めている施策であるということ、地域住民団体からの児童広場としての承認申請に対して市教育委員会が承認を与えていること、この承認に引き続いて被告の遊具等の施設の無償貸与、補助金の交付、課税免除等の取扱い、児童広場の管理、運営に対する指導といつた行政措置がとらられていることなどを理由に、児童広場をもつて、被告が地域住民団体の協力のもとに、或いは地域住民団体と共同して開設するものということはできないし、また、被告が本来的行政目的を達成するため、地域住民をいわば手足として利用することによつて自らの責務を地域住民に肩代りさせて開設しているものと評価することもできない。

これを要するに、児童広場は被告の奨励に応じた地域住民団体が自ら用地を確保したうえ私的に開設した子供の遊び場であつて、被告は地域住民に便益を与えて地域住民が子供の遊び場の確保に努めることを奨励し、そのことによつて、遊び場を地域の子供たちに提供するという公益上の目的を達成しようとして、遊具等施設の使用貸借、補助金の贈与、課税の免除という行政手段を用いて児童広場の開設を地域住民に奨励しているものというべきであり、このような被告の助成行政によつて確保された児童広場の果たす実質的、社会的役割が、たとえ法令に基づき被告自らが用地を確保し開設するところの児童公園のそれと異なるところがないにしても、両者の間には、法制度的には大きな差異のあることを認めざるを得ない。

しかして以上に述べたところのものは、本件児童広場についても同様であり、全証拠によるも、これを別異に解すべき事情は認められない。

そうだとすると、本件児童広場もまた、被告自らが開設したもの、すなわち、被告によつて公の目的のために供用されたものということはできないから、これが国家賠償法第二条にいう公の営造物であるとの原告らの主張は採用できない。

三よつて本件児童広場の設置又は管理に瑕疵があつたか否か及び本件児童広場の設置又は管理の瑕疵と本件事故との因果関係の存否等その余の争点に触れるまでもなく原告らの請求は理由がないから、これらをいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(井野三郎 江口寛志 岡光民雄)

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